twitter怪文書ログ

時たまtwitterの方にも自分にリプライをぶら下げて長文…というよりは怪文書を書くのでブログの方にもログとして残しておく。他にも何回か書いてる気がするも思い出せないので思い出したら適当に移しておきたい。

 

やがて君になる_佐伯沙弥香についての感想

やがて君になるはほんと徹頭徹尾恋を知らない少女達のガールズラブストーリーで、佐伯沙弥香さんは本編だと恋を知っている(が故に踏み込めない)存在として描かれてると思うんですが、まだ恋を知らない佐伯沙弥香さんを完全に補完してて素晴らしいスピンオフでした。

単品でこれだけ読むと(ラストにやや救いがあるとはいえ)後味わっる~という感じになるのでそこはかなりスピンオフらしい終わり方というか。
創作物としての百合は戦前の女学校で見られた先輩後輩の関係、いわゆるエスを描いたものが源流であると言われているそうです。

柚木先輩と佐伯沙弥香さんの関係は女子校の先輩後輩同士とまさにそんな風に描かれている訳ですがこの作品ではそれが破綻してしまう訳です(ちょっとネタバレだけど本編で言及されてるから許して)。卒業とともに解消されるのは現実に即したことらしいですが造詣が深くないのであまり述べないでおきます。

とはいえ、その原因でさえ、柚木先輩も恋を知らない、恋に恋する少女だったからで(あの振り方はともかく)、作中に登場するキャラクターとしての共通の設定に恐ろしくも思えるほどの執念を感じます。

恋を知って少女は大人になる、なんて使い古されたような表現がありますが、そういう意味では、"恋を知らない少女たちのラブストーリー"としてGLにおける1つの正解にこの作品は辿りつこうとしているんじゃないかと、そういう風に思いました。(素人並の感想)

 

となりの魔法少女の感想

となりの魔法少女、完結巻まで読みました
魔法が周りに与える影響とは?といった辺りの話を軸に、基本は日常系4コマで進行する形です
あとがきに「3話のネームの段階で終わりまでストーリーは決まっていた」とある通り、きらら系には珍しく明確なストーリーがあり2巻できれいに話が纏まります。

友達らしい友達のいない魔法使いの少女、羽根井あきが高校二年生に進級するところから物語は始まります。
そこで新たに同じクラスとなった二人の少女、相澤圭と宇佐神茜と出会い打ち解けていくのですが…とここまではよくある日常系モノ。

しかし読者はだんだんと気付きます。絵はかわいらしく内容もいかにも日常系っぽいものの、1話終わりや各話冒頭に差し込まれるモノローグの雰囲気、これは単なる日常系ゆるふわ4コマではない…と。(1巻p75.1コマ)

そして1巻の終盤、理屈少女の茜の秘密が明かされるといよいよこの作品は萌え4コマのベールを脱いで本当の姿を表します。他にきらら4コマで主人公がこんな絶望顔してる作品あります?(1巻p107.6-8コマ)

 

 強調しておきたいのはこの作品は人間関係がギスギスしてる作品ではないということです。2巻表紙は仲良く3人で映ってますし。その2巻ですが、いよいよ物語の核心に迫る出来事が…と思いきや夏休みに突入、3人で宿題にお祭りに海にと夏を全力で楽しみます。あれ?これやっぱり日常系だった……?

ところが案の定そうは行きません。2巻後半からいよいよクライマックス…これ以上は完全にネタバレなので言いませんが、この読後のじんわりとした感動はなかなか一般のきらら4コマでは味わえない感覚です。

そんなきらら4コマを飛び出した、といえるこの作品にはまさにコマを飛び出す表現が随所に見られます。複数のコマで1つの絵を成すこの表現です。体裁だけ4コマの形をとり、実質的には4コマである意味は無い、そんな風に捉えてしまうことも出来ます。
4コマである意味とはなんなのか?
(2巻p117.5-8コマ) 

 これはもう完全に私の持論ですが、日常系に於けるコマは「窓」なのではないかと思います。一般的なマンガではコマ割りでキャラクターの心情や場面転換、時間の流れを示すことがあります。コマ割りこそがマンガがマンガである最大の特徴です。(多分)

しかしながら、日常系作品においては特定のキャラクターの心情やストーリーはあまり重視されずに、主にキャラクター同士の会話によって話が進行します。メタ的な進行役から解放されたコマ割りが何を表すか?それは恐らく、読者が作品世界を覗き込む窓です。

日常系におけるコマは起承転結といったストーリーの進行を放棄して、その空間を切り取る窓として機能します。逆説的に、窓であることによって読者の意図の介在しない、向こうの世界の日常であることを保証するのです。

そういった意味で、この作品はキャッチフレーズを「もっと自由に4コマを」とするまんがタイムきららミラクらしい作品であると思います。ミラクが休刊して4ヶ月、この新しいスタイルの日常系がきらら各紙に受け継がれ発展していくことを願います。

つまり何が言いたかったかというと、ハマる人にはハマると思うので、1巻の発売が2013年、2巻は2014年でもう普通の本屋にはほぼほぼ無いと思われますが見つけたら買おう(提案)