プールサイド

(創作)

 

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塩素の匂い。肌を覆う水の膜は直ぐに消えてしまい、じりじりと光が身を焦がす。もう高校生なのだから、いくら夏のプールと言えども喜んだりはしない。ひんやりとした水の中は心地よいけれど、教師はゆったりと浸かっているのを良しとせずしきりに泳げ泳げと急かしてくるし、紫外線は確実に私の肌を蝕んでくる。別に美容に特段気を使っている訳ではないけれど、かといって無意味に身体を痛めるのも癪だ。本当に無意味なのはこの水泳の授業じゃない?この海無し県の都会とも田舎ともいえない微妙な立ち位置の、海はもちろん川でも泳げないこの街で、年に3回出来れば多い方の水泳の授業なんて。

片道を泳いで、プールから上がり、プールサイドを歩いて戻ってくる。習熟度別にレーンが別れていて、私はその真ん中、泳げない訳では無いが速くもない組のレーンにまた並ぶ。隣のレーンでも同じように順番待ちの列が出来ている。

「あれ、さやって泳ぐの得意だったの?」

ちょうど隣に来たので話しかけてみた。さやは私と同じ友達のグループに属しているけれど、直接話したことはあんまりない、いわゆる友達の友達というやつだ。ちょっと背が高めで、おっとり系で、意外とカラオケで恋愛ソング(女性ボーカルのバンドの)を歌う、そんな子だ。

「得意って訳じゃないけど、気持ちいいから。」

「暑いもんね、もうすっかり夏って感じ。でもそっちのレーンで頑張って泳いでたら逆に暑くない?」

「…ん、うん、そうかも?」

なんとなく歯切れの悪い感じ。私何かミスっちゃった?泳ぐのにネガティブな感情がダメだった?ぐるぐると悩む。さやの、こういうたまに掴み所がない感じがちょっとだけ苦手だったりもする。さやが悪い訳ではなく、私との相性の問題として。

とはいえ、さやってそんなに泳ぐの好きだったっけ?そんな素振り見せてたっけ?別にグループで海だとかプールだとかに行こうという話になったことは無い。まあ、さやはあんまり自分からは誘わないタイプだけど。そもそも泳ぐのが好きなら友達を誘ったりしないのかも。でもそもそも泳ぐことについてなんてさやの口から聞いたことはない。そういえばさやの出身は九州の南の方で、中学の時にこっちに越してきたって言ってたっけ。子供の頃は海で遊んでたりしてたのかも。九州かぁ、海も綺麗そうだなぁ。とか言って、全然山の方の出身だったりして。

「…さやって、九州のどこ出身だっけ?」

「鹿児島だけど…なんで?」

なんとなく色々考えちゃって、なんとなく口にしたけどその質問はあまりにも急で、

「あー…いや、なんとなく。どこだったかなーって。」

ごまかした。

「おばあちゃん家があっちにあって。夏休みは行く予定なんだけど、親はなんか忙しいみたいで一緒に行けるか分かんないんだよね。」

「へぇ」

2人同時に順番が回ってきた。プールに降りて、ゴーグルを付ける。照った身体を水が包む。

「さやのおばあちゃん家ってさ、山の方?海の方?」

さやがちらっとこっちを見る。両手を重ねて伸ばしながら、

「海!…そうだ!一緒に来る?」

そう言うと潜って壁を蹴って行ってしまった。慌てて追いかける。別に追いかける必要なんてないのに、なんだか置いて行かれてしまうような気がして、息もきちんと吸えないまま、壁を蹴る。もうあんなに離れてしまった。動揺する水面と煌めく無数の水泡と、その先にしなやかに躍動する身体を見た。さっきの質問には意味が無かったな。確かに海の子なんだ。見てみたいと思った、故郷の海に戯れるあの子を。返事をしようと、下手なバタ足に力が入る。差は開く、けれどもそれが余計に輝かしく見えた。もう水の冷たさなんて忘れてしまった。